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最高裁判所第一小法廷 昭和50年(オ)1190号 判決 1976年11月25日

上告人

株式会社

石川組

右代表者

石川勇

右訴訟代理人

神田洋司

外四名

被上告人

大正海上火災保険株式会社

右代表者

平田秋夫

右訴訟代理人

山道昭彦

外二名

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人神田洋司、同弘中徹、同飛田政雄、同長谷川久二、同永倉嘉行の上告理由第一及び第二の一について

原審が適法に確定した事実関係の下においては、本件商品であるポリバリコン等部品が在中する梱包の紛失につき、上告人の被用者である本件艀の船長に重大な過失があるとした原審の認定判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

同第二の二から四までについて

原審の認定によれば、ミツミ電機株式会社(以下「ミツミ電機」という。)と輸出入貨物の沿岸荷役を業とする上告人とは、昭和四二年三月ごろ、ミツミ電機の輸出にかかる本件商品の横浜港岸壁から本船ベン・ロイヤル号までの艀による運送契約をしたが、右運送契約においては、上告人はその港湾運送約款に基づき運送する旨の約定があるところ、同約款一条二項には、「この約款に定めていない事項は、法令又は慣習(若しくは関係船会社の海上運送約款による。」との定めがあり、他方、右関係船会社であるベン・ライン・ステイマーズ株式会社の海上運送約款九条には、運送人(船主)の損害賠償義務につき、「船主は、貨物の送り状価格又は一梱包当り一〇〇ポンドのどちらか低い方の金額を超えてクレームを請求されないものとする。」と定められているというのである。そうすると、上告人の損害賠償義務について右海上運送約款九条の規定が適用される結果、その賠償額が制限されるとの上告人の抗弁が理由があるとされるのは、港湾運送約款中に上告人の損害賠償義務に関する定めがないときに限られることが明らかであるから、原審が右上告人の抗弁の当否を判断するに当つては、相手側である被上告人によつて、港湾運送約款中に上告人の損害賠償義務に関する定めがあり、その結果、海上運送約款九条の規定が適用されないとの積極的な主張がされるのを待つまでもなく、港湾運送約款中における上告人の損害賠償義務に関する定めの有無及び上告人の損害賠償義務の限度を審理判断しなければならない筋合である。したがつて、原審が、上告人の港湾運送約款二一条一項に「当社の責めに帰すべき事由によつて貨物に損害を生じたときは、当社は、送り状に記載された価額又は委託者が申告した価額を限度として損害実額を賠償する。」旨の定めがあることを被上告人に主張させたうえ、同規定に基づき、上告人に本件紛失した商品の損害実額を賠償すべき義務があると認定判断したのは、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

同第二の五について

原審の認定によれば、被上告人は、ミツミ電機との間に同電機を被保険者として貨物海上保険契約を締結し、同電機を荷送人とする運送品の運送中の事故によつて発生することあるべき損害について保険金をもつて填補することとし、他方、ミツミ電機と上告人との間の本件運送契約に適用される上告人の港湾運送約款二〇条には、「当社は、保険に付された危険によつて生じた貨物の滅失等については、損害賠償の責めに任じない」旨の定めがあるというのである。

右約款二〇条の規定の趣旨を、所論のとおり、荷送人であるミツミ電機は、保険に付された運送品の運送中における滅失等においての損害賠償請求権を予め放棄する旨の意思表示をしたものであると解すると、保険者は、右放棄がなければ商法の規定により被保険者に代位して運送人に対して取得することのできたはずの損害賠償請求権の金額の限度において保険金の支払の義務を免れるものであり、したがつて、ミツミ電機は、運送人である上告人から右損害の賠償を受けることができないのは勿論、保険者である被上告人からも右損害を填補すべき保険金の支払を受けることができず、また、一旦保険者から受領した保険金は、これを返還しなければならないことになり、結局、右損害は、全部、最終的に被保険者であるミツミ電機自身において負担しなければならなくなるという、同電機にとつては極めて不利益かつ不都合な結果を生ずることになるわけであつて、同電機がそのような不利益かつ不都合な結果を甘受して右損害の賠償請求権を予め放棄することは、経験則上異例のことに属し、特段の事情のない限り、ありえないことというべく、このことは港湾運送契約の場合であると陸上運送契約の場合であるとにより異なるところはない(最高裁昭和四一年(オ)第一三八五号同年四三年七月一一日第一小法廷判決・民集二二巻七号一四八九頁参照)。そして、本件においては右特段の事情が存在したことを窺うことはできないのであるから、右約款の規定は、損害賠償請求権を予め放棄する旨の意思表示をしたものということはできず 右規定は、たかだか保険金額を超える損害部分の賠償請求だけを放棄する旨の意思表示をしたのにすぎないものと解すべきである。そうだとすれば、被上告人は 右約款の規定にかかわらず、ミツミ電機の上告人に対する本件損害賠償請求権については、商法六六二条の規定により保険代位することができることが明らかであり、これと同旨の原審の判断は、結論において正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

同第二の六について

原審が適法に確定した事実関係の下においては、上告人に本件事故による損害の全額について賠償責任があるとした原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(岸上康夫 下田武三 岸盛一 団藤重光)

上告代理人神田洋司、同弘中徹、同飛田政雄、同長谷川久二、同永倉嘉行の上告理由

第一、<略>

第二、原判決には次のとおり判決に影響を及ぼすこと明らかなる法令違背がある。

一〜四<略>

五、原判決は「保険に附された危険」(港湾運送約款第二〇条一〇号)についての解釈を誤り、その誤りは判決に影響を及ぼすこと明らかである。

乙第一号証の港湾運送約款は項目によつては一の慣習法乃至は自治的法規と解すべきである。

ところで同約款第二〇条第一〇号によれば運送人は「保険に附された危険」によつて生じた損害は責に任じない旨規定されている。右条項を適正に解釈するならば、本件の如く輸出などの貨物について損害保険契約が締結されている場合には荷主は十分その保険で損害をカバーできるからそのような場合は運送人は免責となる趣旨である。即ち保険に附せられている場合は損害賠償請求権が発生しないか、あるいはそのような場合は委託者は予め損害賠償請求権を放棄するとする趣旨に解すべきである。

従つて保険に附されている場合には委託者側に損害賠償請求権は発生せず、従つて保険会社は商法六六二条によつて代位しえないのである。すなわち代位の対象となる債権が存在しないのだから代位しようがないのである。もとより商法第六六二条は任意規定であるから当事者がこれに反する約定をしたり、あらかじめ損害賠償請求権を放棄することは自由である。約款第二〇条一〇号の存在により商法六六二条の規定は排除されたとみるのが正当な解釈である。原判決のように保険会社の代位請求まで排斥するものではないと解すると、約款第二〇条一〇号の規定は法律上当然のことを規定したものにすぎず規定の存在意義は全く失なわれてしまう。保険金の支払いがなされると委託者の有した損害賠償請求権は保険会社に移転し、爾後委託者は運送人に対して損害金の支払請求権を失うのは当然であり、このような当然のことをわざわざ約款に規定しても意味がないからである。

約款第二〇条は商法六六二条を排除する旨の規定であるというべきであるにも拘らず原判決はこの規定の解釈適用を誤り、その誤りは判決の結論に影響を及ぼすこと明らかである。<以下略>

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